バリ島へ戻ります

Hotmailでお問い合わせを頂いたM.S様
メールが戻ってきております。

Hotmail以外のメールアドレスでのお問い合わせをお願い致します。

そして同じく昨晩Hotmailでご連絡いただいたN. S様
1度目は届きましたが2度目の返信よりメールが戻ってくる状態です。

Hotmail以外のメールアドレスをお知らせください。

元日よりブログをお休みいたしましたが
本日より再開いたします。

・・・と言っておいて
今日バリへ出発となります。
バリに戻った直後も買い出し等の仕事もあるので
1月10日くらいまではまたブログがお休みになるかも知れません。

今までメールのお返事もなかなかできなかったのですが
10日以降は毎日メールチェック可能です。

皆様のご予約お待ちしております。

ここからの文章はただの身内の自慢話でサリダイブには全く関係ありません。
お時間のある方だけ最初で最後の私の弟自慢にお付き合いください。

私事ですが
一昨日自慢の弟のお葬式が終わり一段落致しました。

私の弟とは思えぬほど突然変異のように頭の良い弟で
東工大では卒業式の総代を務め、同大学院卒業後、スタンフォード大学研究室
東大研究室その後も国立の研究室などいろいろな研究室でセラミックや
リチウムイオン電池の実験研究をしていました。

再現性が高い素晴らしい発見をしていたとお会いした皆様にお話を伺い
その研究報告や論文をお仲間が葬儀場にお持ちになり飾って頂いたのですが
私には何のことかも理解不可能なものでした。

一番好きなことが研究でほぼ家に帰らない弟でした。
一体何してるんだろうと思っていましたが
いろんな学会に出たり講演をしたり学生に教えたりもしていたそうです。

バリ島で学会があった時
帰りがけにサリダイブに寄ってくれたので
体験ダイブをさせたところ
以前に両親を潜らせたことを知っていて
「こんな恐ろしいことをあの両親にやらせたの?ほぼ殺人行為だね」
なんて言われたこともありました。
上手に潜っていたのになあ・・・

この度の葬儀には
二十か所以上の研究所・大学研究所・大企業研究所からの花や
何十通もの弔電
二百人以上の参列者、その中には博士と呼ばれる方が多く
まるで異次元に迷い込んだ気分になりました。

何年か前にリチウムイオン電池でノーベル賞をもらった日本人がいらっしゃいました。
その方のお手伝いをしてテレビや新聞にも一緒に映ったとは聞いていましたが
その研究所の方も参列されていました。

元々自慢の弟ではありましたが
来てくださった方々のお話を聞き
私が知らない弟の姿を伝えられるたびに
こんなにもすごい男だったのだと思い知らされました。

もっと褒めて尊敬するべきだったなあ
そしてもっと自慢すべきだった。

1971年1月2日生まれ
もうすぐ誕生日だったのにその直前に永眠
55歳にはなれませんでした。

今年の1月2日は雪
実は弟が生まれた日も大雪が降っていたと母に聞かされ
あの雪は弟のなごり雪だったのかなと不思議な気持ちになりました。

去年の12月
左目に発病、その後白血病、脳腫瘍と
次々と迫りくる病魔に1年間全く弱音を吐かずに戦い
体が動くうちは研究をつづけながら
以前のように研究に戻れることを目標に治療を頑張っていました。
「やり残したことがある。また絶対に研究室に戻る」
というのが最後まで彼の口癖でした。

あまりにも壮絶な戦いで人相が変わるほどでしたが
最後まで生き抜こうとあきらめずに戦う姿には今も尊敬しかありません。

弟に恥じないように
私も人生を大事に一生懸命生きたいと感じました。

長々と自慢話にお付き合いいただき
ありがとうございました。

さあ、バリに戻ります。

サリダイブでお会いしましょう!

サトミ

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